第1回|夢は探すもの? それとも仕込むもの?
「将来の夢はなんですか?」
この質問、ぶっちゃけむずかしくありませんか。
大人でも言葉に詰まることがあるのに、
子どもに即答を求めるのは、なかなか高いハードルです。
「今の子は夢がない」
と言われることがあります。
でも、本当にそうでしょうか。
ないのではなく、
“材料が足りない”だけかもしれません。
冷蔵庫に何も入っていないのに、
「自由に料理してみて」と言われても、少し困りますよね。
教科書は、説明書。
現場は、ライブ。
どちらも大切です。
けれど、心が動くのはたいていライブのほうです。
画面越しに見る仕事はきれいです。
目の前で見る仕事は、どこか不格好なところもあったり、少し汗くさい。
でも、記憶に残るのは後者だったりします。
情報は、消費。
体験は、積み立て。
SNSで100の職業を知ることも意味があります。
けれど、目の前で1人の本気に出会うことのほうが、
じわじわと人生に効いてくる気がします。
体験は、積み立てどころか、
複利で働くものかもしれません。
一度の出会いが、
あとから何度も思い出され、
進路や挑戦の場面で、そっと背中を押す。
10年後に効いてくる体験もある。
少し時間差で効くタイプです。
夢がないといけない、
という前提そのものが、少し不思議です。
夢は義務ではありません。
持っていないからといって、劣っているわけでもない。
ただ、
出会いが増えれば、
選択肢どころか、可能性が広がる。
その中から、
いつか芽が出ることもある。
夢は、無理に掲げるものではなく、
自然に立ち上がるものなのかもしれません。
夢は、
“考える”ものというより、
“出会う”ものなのかもしれません。
そして出会いは、
用意することができる。
仕事は、単なる職業選択ではありません。
生き方です。
どんな表情で働くのか。
失敗したとき、どう立ち上がるのか。
誰のために力を尽くしているのか。
そこに触れた瞬間、
子どもの目は、確かに変わります。
子どもに何を教えるかはもちろん大切です。
だけど、誰に出会わせるか。
こちらのほうが、
もしかすると大きいのではないでしょうか。
派手でなくていい。
大きな話題にならなくてもいい。
けれど、濃く。
地域で、本気の大人との出会いを
少しずつ積み立てていく。
積み立て続ける地域は、
きっと強い。
私は、そう信じています。
編集後記
夢は探すものだと思っていました。
でも最近は、「仕込むもの」かもしれないと思っています。
教育を変える、なんて大きなことは言えません。
でも、出会いは変えられる。
まずは、そこから。
料理人みたいに言うなら、
今日から「夢仕込み」の始まりです(^^)