エッセイ|気づき
「知る」ということの重み。見える景色が一変した、ある朝の話。
ふだん、私たちはどれだけ「見えているもの」だけで他人を判断しているのでしょうか。
引っ越しをした後に、久しぶりにあの方を見かけたので、胸がギュッとした思いと学びをつづります。
近所のスーパーで、いつもお昼頃にビールを買う、70代後半くらいの男性がいました。
その方は、いつ見てもかなり汚れた服装で、鼻をつくような強いにおいを漂わせていました。
子どもと一緒のときには、反射的に距離をとるようにしていたのが、正直な私の対応でした。
「このおじいさん、においがすごいし昼間からビールを買って、なんだか苦手だな」
心のどこかで、そんなふうに思っていました。勝手に、「家がない方なのだろうか」と想像したりもして。
ある朝、駅前で見た景色
ある朝のこと。ゴミ拾い活動をしていると、見覚えのある背中が目に入りました。
駅前で、黙々と清掃をしている男性。そう、あの強いにおいをさせていた男性でした。
遠目で見ていると、おじいさんは駅前の清掃を終えると、すぐさま次の場所へと移動し、あちこちを丁寧にきれいにしていきます。朝早くから、誰に褒められるでもなく、街のために汗を流しているのです。
「想像力を働かせる」ということ
私が同じ場所で清掃を続けていると、おじいさんがふと声をかけてくれました。
「そこ終わったよ~」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がギュッとなりました。
とんでもない思い違いをしていたのは、私の方でした。
おじいさんがあれほど汗だくになり、強いにおいがしていた理由が分かりました。
一生懸命に清掃活動をしていたからだったのです。
仕事のあとに飲むビールは、きっと何よりも最高でしょう。
それなのに、昼間にお酒を買う姿を見て「なんとなく嫌だ」と決めつけていた自分が、とても恥ずかしくなりました。
恥ずかしくて恥ずかしくてたまりませんでした。
それに私だって、昼間からビールやワインを美味しくいただくこともあります。
そういえば、おじいさんをスーパーでみかけるのはいつも決まった時間でした。
以降、時々清掃でもご一緒になることがあり、たくさんおしゃべりするわけじゃないけど、規則正しく清掃をして、スーパーでビールを買って帰るのが習慣だとわかりました。
知っていることだけが、すべてじゃない
「背景まで知らない」ということの怖さを、痛感しました。
私たちが普段目にしているものなんて、ほんの断片に過ぎません。その人の努力も、生き方も、優しさも、その背景を知ろうとしなければ決して見えてこないのです。
「知るって大事なんだよ」
そんな当たり前だけれど、とても深い教訓を、その男性の背中から教わりました。
けれど、いくら知ったって、すべてを知ることなんてできないと思います。
だから、想像力を働かせること。
見えていること、知っていることだけがすべてではないと、心に留めておくこと。
もっと広い視点で、誰かの「背景」を想像できる人間でありたいと思います。
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